校長通信⑧『自由の丘から』

新しい年の初めに ※学校だより1月号より

2024年は、元旦から大地震に見舞われました。被害状況が判明するにつけ、私自身は1995年の阪神淡路大震災の記憶がよみがえってきます。余震が続いておりますが、これ以上被害が広がらないことを祈るばかりです。われわれにできることを考えたいと思います。ここ数日、「生きているのではなく、生かされているのだ」と痛感しています。

私個人としては箕面自由学園で「校長先生」と呼ばれるようになって丸8年が過ぎようとしています。特に2023年度は、教員生活で初めて小学校の教育現場に関わることができ、毎日が新鮮でした。小学生の屈託のない笑顔が私にとっては、安らぎそのものでした。というのは、小・中・高の校長をしていると、日々、良いこと、悪いこと、何かが起こります。「当たり前」が「当たり前ではない」。「当たり前ってなんやろ? 常識って誰にとっての常識やろ?」と思うことがしばしば。「多様性の時代」と呼ばれて久しいですが、いろんな立場、価値観の中で、教育機関としての「学校」はどうあるべきか、どっちに向かって進んでいけばいいかを模索する日々です。そういう場面において、自分自身、まだまだ未熟さを感じているのですが、そんなとき、ふと思い出すのが、サーカスの象の話です。

<サーカスの象の話>

サーカスの象は、ロープで杭につながれてじっとしている。

杭を引っこ抜くだけの力を持っているのに、

なぜその力を発揮して逃げ去らないのだろうか?

答えは簡単。「自分にはたいした力がない」と思い込んでいるからだ。

象は子供のころ、鎖で杭につながれて毎日を過ごす。

小さいのでたいした力がなく、杭を引っこ抜くことができない。

象は大きくなってからも、その思い込みにとらわれ続ける。

調教師はそれを知っているから、鎖のかわりにロープを使って象を杭につなぎとめる。

大きな象にとって、杭を引っこ抜くくらいたやすいはずだ。

しかし、象は何もせずにじっとしている。 「自分にはたいした力がない」と思い込んでいるからだ。

「自分を磨く方法/著:アレクサンダー・ロックハート」より抜粋、一部改)

 

地面に杭がある。だから、逃げられない。象は成長してどれだけ大きな力を得ようとも、子供のころの体験から、杭があれば「逃げられない」と思い込み、「逃げ出そう」としないのです。

「私(教職員、保護者の方々)の言葉が、杭になってないでしょうか?

私(教職員、保護者の方々)の足の下にも杭はないでしょうか? あると思い込んでいないでしょうか?

2025年には、箕面自由学園は100周年を迎えます。100年の1つの区切りを迎えようとしています。新たな時代の幕開けとともに、教育機関としての箕面自由学園が守り続けるもの、これからも果たしていく役割について考えていかねばなりません。足元に杭がないかどうかを確認しながら・・・

2024年も教育活動にご協力賜りますよう、重ねてお願いいたします。